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cafeロジウラのマタハリの日々

名古屋駅西にある隠れ家的な小さなカフェ、cafeロジウラのマタハリ春光乍洩です。2001年7月から営業しています。 http://cafematahari.com

知らなかった、ルール。

昨日は、藤の花を見にいってきた。花の香りにバリのお香を思い出した。

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ところで昨日、車の中で聞いたラジオの「テレフォン人生相談」。
学業についていけなくて不登校になった中学生男子からの電話だった。彼の母親は家を出て今は父親と二人暮し。このままもう学校に行けないのではないか、行っても友達から孤立してしまうのではないかと不安だが、どうしたらいいのかという相談だった。
回答者は、きちんと筋道立てて話す少年の知能は多分悪くないと言い、外に出られないなら今は本を読むことを薦めた。また心療内科に行くこともアドバイス。少年は家庭環境について聞かれ、彼の母親は出て行くとき、「おかあさんが出て行ってもいい?」と言い、それに何も答えられなかった、そして実際に悲しくはないと言う。それに対して、
「あのね。これは国語の問題よ。国語の問題には作成者がいて、その人はあなたに何を答えさせたいかってことが問題になってるの。つまりね、あなたはおかあさんが出て行ったらあなたがどう思うか、ではなく、おかあさんは何を答えて欲しいのかを答えるべきだったの。どう?答えはわかるわね?」

「・・・・あ、はい」
そうか? そうだったのか?
私は子供の頃、そんなこと思いつきもしなかったしわからなかった。
それにだいたい、子供というのは自己評価が低い。
仮に私が子供だとして、「おかあさんは出て行ってもいい?」と聞かれたら、おかあさんは私の面倒など見たくはないのかもしれないなどと考えるし、「出て言って欲しくない」って言っては相手が困るからいけないかもとか、そう考えたはずだ。または自分は本当のところ、どう感じているのだろうと考えすぎて言葉が出ないと思う。
しかし、確かにこの問題の正解は「おかあさん、出て行かないで」なのだ。おかあさんは、そう言ってほしいだけ。そういうことを言えばいいのだなんてこと、本当に思いもつかなかった。

そんなルール、子供はいつ知ればよかったというんだ。

そして、そんなめんどくさい思いに子供を巻き込むのって、どうなの。