cafeロジウラのマタハリの日々

名古屋駅西にある隠れ家的な小さなカフェ、cafeロジウラのマタハリ春光乍洩です。2001年7月から営業しています。 http://cafematahari.com

今日も考えている

マタハリに来るお客様と私はいろんな話をする。

私にはそのお客様たちが、口にエサを咥えてどこからから飛んできて、ここに留まり、開けている私の口にそのエサを入れてくれてるみたいなイメージだ。

大相撲とかオリンピック、野球などのエサに食いつきはすこぶる悪いのだけど、映画やドラマや好きな俳優や音楽や本やマンガや旅の話というエサにはとても食いつく丸々太った鳥が、ここにいますよ。

そんな話の中、時々その人にとってつらい話もある。

元々頭も良くて、性格は殆どの方が優しくて、それなのに学校だとか会社だとかの組織から踏みにじられるような経験をされた話とか。

そういう話を聞くたびに私が最後に思うのは、人は幸せにならなくてはいけないってことだ。それは使命と言ってもいい。誰かのためではなく、自分が幸せにならないと。

生きていると様々な恨みや憎しみも生まれてくるし、それをなんとかしないと自分は前に進めないと思いがちだけど、結局は恨みも憎しみも自分が望むように晴れるのって難しい。もしも犯罪にあって、その加害者に十分な刑が下されたとしても、それで本当に納得できるかと言えば、きっと難しいのだろう。

いつもいつも思う。じゃあ、どうしたら。どういう方法で。

多分、恨みや憎しみとは違う方向で、いやどちらかと言えばそれを切り離す方向で向かっていった先に何か、幸せにいたる兆しのようなものがあるのではといつも思う。いろんな話を聞くたびに、いろんなことが起こるたびに、もしも私がその当事者であったときにどう生きていけるのか、をよく考える。

3月11日。今日も考えている。