cafeロジウラのマタハリの日々

名古屋駅西にある隠れ家的な小さなカフェ、cafeロジウラのマタハリ春光乍洩です。2001年7月から営業しています。 http://cafematahari.com

「りりちゃん。なんかやろう」って言われて

私は24歳から33歳頃までだったか、名古屋の小さな劇団にいて芝居に関わっていました。昨日のお昼はその当時の同じ劇団員だったAさんが来てくれました。

私は30歳間近になった頃は、新しく入ってくる若い女の子たちが可愛くてしょうがない時期で、当時20歳ぐらいだったAさんのことをリスペクトする気持ちと可愛いと思う気持ちで彼女に接していました。

うちのカウンターでごはん食べてるAさん見ながら、『20代だったんだなあ、あの頃は』なんて思っていました。

夜になって、かつての私の仕事仲間で1度だけうちの劇団に客演してくれたMさんが来てくれました。Mさんは数ヶ月前、偶然うちの店に来てくれて、それで10数年ぶりの再会を果たしたばかり。

そういえば。私は芝居をやめてもう20年ぐらい経つわ。そしてその前にやめていった人たちとは特に連絡を取り合うこともなかったし、私も芝居をやめたり仕事が変わったりしてから僅かな身近な人たちが年賀状で繋がるぐらいだったわ。店を始めてちょっとした頃辺りはそんな感じだったと思う。それでも、誰かが誰かに聞いてとか、または私のことを積極的にネットで探してくれてとか、または本当に偶然にうちの店に入ってきたりとかで、気が付いたら今、かつて劇団で一緒に芝居をしてた仲間にいっぱい会ってるわ。

このたった1週間だけでも4人も会ってる。私がその劇団のいた約10年の間の、最初の数年だったり半ばだったり後半だったり、それぞれの時期におなじ芝居を共にした仲間が。うわー、なんか胸熱ッ!!

や、もう私、まじで私、どんだけ幸せなんだろう、と改めて気付いて茫然としたわ。

実を言えば私は今のところ、普段の生活が幸せで楽しくて、何かを作り出そうという気持ちが欠けている。そういえば恋とは欠損に対してするものだと誰かが言ってなかったか。完全なものではなく足りなかったり欠けているものに対してそれを埋めようと心が動く。多分、私の芝居生活は、当時の私の心も生活も欠損だらけで、だからこそ作りたいシーン、吐きたいコトバがあったのだと思うのです。今はですね、正直そういうものがちっとも頭に浮かばなくて、それは幸せなことなのか、ただ単に鈍くなってるだけなのか。

それでも、気が付けばこんなにかつての仲間が集まってて、昨日もMさんに

「りりちゃん。なんかやろう」って言われて、あ、これ、マジでなんかやらないかん、もう少し先かもしれないけれどもなんかやらないかんわ、という気持ちが心の中でポッと灯ったのです。ああホントこれ、マジですよ。

というわけで今日も開店です。来てくださる方に燃料貰ったり、火をつけてもらったり。なんともありがたい日々です。

今日のごはんは若鶏の唐揚げ スイートチリソース添えです。

終日営業。午後のカフェタイムでもお待ちしてますね!

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