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cafeロジウラのマタハリの日々

名古屋駅西にある隠れ家的な小さなカフェ、cafeロジウラのマタハリ春光乍洩です。2001年7月から営業しています。 http://cafematahari.com

まえぶれもなく

Tさんはうちの店が出来る前の、私がシネマスコーレ経営のアジア映画ショップ、アジアスーパーシネセンターで仕事をしていた頃からのお付き合いの女性で、今も仕事の合間にお昼ご飯を食べに来てくれます。そのTさんから、同じくシネセンター時代からの付き合いになるSさんが闘病していることを聞きました。

Sさんが年末に手術をするという話はご本人から伺ってたのですが、手術してしばらく休んだらすぐに仕事をすると聞いていました。ところが12月にそう伺って以来、Sさんはうちにいらっしゃってません。Sさんは隣県の人だけど休日になると映画やライブのために名古屋に来てて、その時にうちにも来てくれたのですが、きっと余程体がしんどいのか、もしかしたら忙しいのだろうかと思い、手術はどうだったかとメッセージを送ろうと思いつつも日が経過していました。そう、何度も連絡しようと思ってたのです。体の調子はどう?とか、最近どうしてる?とか。

忘れちゃったけどまた今度、とか、まあそのうちいつか、とか、私たちは無意識にそう思っているのですよね。先があるなんてことを本当に当たり前のことだと思ってて、日々は無限ではないと知ってるつもりでも現実にはまるで無限であるかのごとく過ごしているのですよね。

年末の手術の後、Sさんが別の病気を患っていることを告知されたそうです。

私と同い年のSさんが今、どんな気持ちでいるのか。それは不安や恐怖だったり、悲しみや戸惑いだったり、悔しさだったり。体の具合はどうなのでしょう。とても痛いのか、ものすごくけだるいのか。いろいろ考えて私も一日中悲しくてつらくて、考えては何度も何度も泣いていました。

Sさんの病気のことを教えてくれたTさんが、「ほんと、まえぶれもなく来るんだよね」と言ってて、ハッとしました。私がこの間朗読した、川上未映子さんの詩のタイトルは「まえぶれもなく」でしたから。

私たちはまえぶれもなくやってくることを、これまでもずっと想像はしてきました。もしも地震が起こったら。火事に遭ったら。無人島に流されたら。大きな病気を宣告されたら。想像して、そして私ならこうしようといろいろ考えたりします。しかし現実は、その想像通りいかないのでしょう。もしも大病を宣告されたら、仕事やめてお金パーッと使ってあちこち海外旅行して、なんてことを20代の頃考えていました。でも今思うと、どうやら現実はなかなかそうもいかないことがいろいろあるようです。この年にしてまだいっぱい、想定外のことなどいっぱいあるのだなあと気付きます。

それでも、私たちは常に無力ですけど、どんな時にも希望を持つことだけは出来ると思うのです。私は来年辺り、Sさんがまたカウンターに座って、「あの時はホント、大変だったわ~」と笑って話せる日が来ることを、その日は絶対に来ることを、信じています。

 

今日も皆様のご来店を心よりお待ちしております。