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cafeロジウラのマタハリの日々

名古屋駅西にある隠れ家的な小さなカフェ、cafeロジウラのマタハリ春光乍洩です。2001年7月から営業しています。 http://cafematahari.com

幸せな夜

どこを見るともなくぼんやりしながら、マタハリに以前よくいらっしゃってた人たちの顔を順番に思い出していた。陽はとっくに落ちているのに客席はからのままの、水曜日のマタハリの夜。

お店は、ヘビーユーザーの方々のローテーションがあり、そこにたまに来てくださる方たちがあり、そして初めて来てくださるお客様、そういう層で出来ている。ヘビーユーザー、つまり「常連のお客様」がずっと来てくださるかといえばそうでもなく、結婚や転勤・転職、引越し、または他に通うお店が出来たのかもしれない、とにかく様々な理由で、お顔を見なくなる。その頃にはまた新たな常連さんが出来ていればいいのだが、なかなかそう都合よくもなく、「常連枠」の層がぽっかりと空いてしまうことがある。

『今はそういう時期なのかなあ』

開かない扉を目にしながら、私はそんなことを思っていた。15年営業していても、そういう夜はとても不安になる。

木曜日。相変わらず、ありがたいことにランチタイムは忙しい。しかしまた今夜も暇だったらどうしようと少し重い気分になる。ふと思い立って、ツイッターで「マタハリ タイカレー」と検索をしてみた。そうすると様々な写真と共にいろんな人のツイートが出てきた。長いことずっと来てくれている人、東京の人だけど名古屋に来たら寄ってくれるという人、知ってる人、知らない人。そのどれにも小さな幸せが見え隠れしていた。友達との食事。一人の食事。その中での食べることに対する小さな幸せ。ある人のツイートでは、遠くに住むその人はふとマタハリのタイカレーのことを思い出したそうなのだ。そしてその日の記憶を。その人は仲の良い人たちとうちで食事をしたそうなのだ。しかしそのうちの一人とはその日が最後になってしまったらしい。数ヵ月後に亡くなってしまったとのこと。その方と最後に会った場所がマタハリで、一緒に食べたのがタイカレーだったそうなのだ。店や食は、そういう儚くて大切な記憶と結びついていることもある。そのためにも私は頑張らないと。そんなことを昨日の夕方、思っていた。

6時を越えた頃から、ぽつり、そしてまたぽつり。お客様がいらっしゃった。いつしかテーブル席は埋まっていき、静かだった店は話し声や笑い声で満たされていく。シンクにはグラスやお皿などの洗い物がdんどんと増えていく。静かに終わってしまった水曜夜のことを思うと、ありがたいなあ、嬉しいなあと思いながら、閉店時間の10時を迎えることが出来た。いい夜だった。

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