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cafeロジウラのマタハリの日々

名古屋駅西にある隠れ家的な小さなカフェ、cafeロジウラのマタハリ春光乍洩です。2001年7月から営業しています。 http://cafematahari.com

おとうさんが、来たーーー!

昨日のお昼は、なんと私の父と妹が突然やってきました!

なぜか、妹が来た日は、うちの店はとても忙しくなります。それでもう平日の昼からたくさんのお客様に来ていただき、途中満席になってお断りすることもあり、さらに早々にランチが完売・・・!

昨日はそんな慌しいお昼だったのです。

よくあることですが、私の親は離婚とか再婚とかしていて、まあちょっとだけ複雑なのです。

そして私の母方も父方もどちらも家族の絆が濃いというか関係の密度が高いように思います。

何故か私だけがそこから微妙にはずれてしまい、22歳のときに「家」から一人、離脱してしまいました。

以来、私は殆ど親とか家族との付き合いが薄くなってしまいました。

しかし家にいた子供の頃から20代までは結構苦しい思いを抱えていたのですが、家を出てからは有難いことに人に恵まれ、仕事にも恵まれ、なんていうかどんどん幸せになっていったと自分では思っています。

さてそんな私ですが。

実は10年ほど前から、父親に聞いておきたいと思うことができました。

父は、私が子供の頃からよく、「俺は一人で満州から帰ってきたんだ」と言ってたのです。

父とその家族は満州にいたのです。そして戦後、一人で帰ってきた、と。

何故ひとりだったのか。その後どうやって父は両親と会うことが出来たのか。

そういうことをちゃんと聞いておかないとなと思っていたのです。

それで、この春に一度、父に会いに行ってみようかなと思っていた矢先、急に妹が父を連れて店に来てくれたのでした。

久々に会った父。もう81歳です。

髪は黒く染めていて、あまり髪の量も少なくなってないようでした。

顔などシミやしわが増えてましたが、着ているものが結構オシャレでした。

そうか。私のおとうさんは81歳になってもおしゃれなんだ。

私も武田もおしゃれに全然縁がないのですが、何故か自分の父親がおしゃれだってことが嬉しい。

父に満州から帰ってきたときのことを聞いてみました。

「もうだいぶ忘れた」と言うのですが、「映画なんかでやるのより、もっと酷かった」と父は言います。

当時は中学生で両親と離れて学校の寮で生活をしていたそうです。そして激動の戦後を迎えたのですが、両親に会えないままだったそうです。日本に帰国するのに1年かかったとか。その間、中国でずっと監視されていたそうです。

なんとか引き上げ船に乗り、そこから家に電報を打ったそうですが、その電報が届くのにもものすごい時間がかかったそうで、父は一旦東京に行き、そこで知り合いの人のところに居候して両親からの連絡を待ったとか。

今日聞いたのはこんなところですが、またいつか、いろいろ話を聞いてみたいと思っています。

さて、父はほんの1ヶ月前まで現役で仕事をしていました。

私が幼い頃は旅行代理店を経営してたのですが、しかしそこを倒産させてしまい、その後トラック運転手を。そして貯めたお金で飲食店を始めました。以来、40年以上、スナックを経営してました。

私は両親の姿を見て、「絶対に飲食業だけはやらない!」と思ってたのに、不思議なものですね、今はこうして私も店をやってるなんて。

父は凝りやすい人で、私が幼い頃には8ミリカメラを持ち、オープンリールのカセットデッキを持ち、車も当時としては早く購入してました。ビデオデッキも一般家庭に普及するよりずっと早くに購入してました。また、ラジコンに凝ったり、ある時にはゲイラカイトに凝ったり、そして太極拳に凝っていつしか子供相手に教える人になってたり。歌もうまい人でレコード会社から声がかかったりもしてました。

なんていうか、私とは正反対の、凝り性で器用な人。

お調子者のところだけは私は父の気質を受け継いでいるかな。

なんだかいっぱい父のことを書いちゃいました。

正直言って、子供の頃から私は父のことが好きだったんですよ。

ただ、私は残念ながら、自分では望んでいなかったんですが、「家族」というものからどうしてもはみだしてしまっていた、ということなのです。

父に、もうひとつ聞きたいことがありました。

「ねえ、私って誰に似てる?」と。

お客様で親子でいらっしゃるといつも「わあー、似てるなあ」と心の中で思うことが多いのですが、自分に関してはどうも私は父方の人にも母方の人にも容姿に似ているところが発見できないのです。

私が父と妹にそう聞いたのですが、やはりふたりともどこか返事が芳しくない。うーん、やっぱり私は微妙に誰とも似てないのかなあ。

そうしたら父が、私がコーヒーを出した手を見て、

「手が、俺にそっくりだ」と言いました。

そう言われて私と父の手を見比べると、確かに手が似ているような気がします。

女の割にはでかい私の手と、男の割にはすらっとした父の手。

実は私は自分の手が好きなのですが、そこが父に似たのかと思うと、面映いような、嬉しいような気持ちでした。

写真撮らせて、と言ったら照れる父。

私が幼い頃のアルバムには、父が赤塚不二夫のイヤミの真似をして「シェーーッ1」してる写真があるんだけな。

父1.jpg父2.jpg